2007年06月28日

田舎の川

 自分の画像ではないんだけど(スキャナーがないのでアップできない)、田舎の川の画像があったのでアップ。(JJJさんとこから拝借)
1182817888_1.jpg
透明度はこれぐらい。
特別に選んでるわけじゃなくて、山のほうとか行くと普通にこんなとこがある。
ただ、水温が低くく、5分と続けては泳げない。バーベキューとかしながらだとちょうどいい。
田舎は人がいたら他にいくので、大体一つの淵が貸切状態で使える。
たまに人がいるのに後から来て、ゴミを持ち帰らないのはバカ(大学で来た県外人?)もいるが、基本的に貸切になる。
そんな調子だったから、東京に来て初めてラーメン食うのに並んだ。

〜〜〜
スキャナーでアップした記事→【写真シリーズ】日ノ御子
http://cost-off.seesaa.net/article/110765445.html
『2007/8/15の仁淀川(画像フルバージョン)』
http://cost-off.seesaa.net/article/57945614.html


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2007年05月21日

核持ち込み拒否条例制定

 2007/05/20 社会ニュース記事

「核持ち込み拒否条例制定」

 高知県東洋町で、核持ち込み拒否条例が制定され、前町長が原環機構に応募していた高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致が中止になった。
 原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場問題で、東洋町議会は20日、臨時議会を開き、放射性廃棄物持ち込みを拒否する条例を全会一致で可決、制定した。

 条例は、処分場の候補地調査の阻止を掲げて当選した沢山保太郎町長が、この問題に終止符を打つ狙いで提案していた。
 条例制定後、記者会見した沢山町長は「民意を踏まえ、原発受け入れ拒否も含めた形にした。全会一致になったことで対立の火種は消えたと思う」と語った。
 条例は、いかなる場合も町内への放射性物質の持ち込みを禁じ、それを使用・処分する施設の建設や調査を拒否することを定めた。
(参考:時事通信)
______________________

 東京にいるとまったくニュースが入って来なかったが、無事解決してよかった。まだ東洋町民には良識が残っていた。誘致しょうとした前町長(田嶋裕起)を、売○奴だと俺は思っている。過疎などの地方の問題に対して、知恵を出さずに、金のために安易に故郷の山河を売り渡そうとした売○奴である。
 エサ=金に釣られて、数十年先、数世代先の子孫のことも考えずにせいぜい自分の数年の任期のために、放射能汚染にまみれた土地にする権利が、たかだが自治体の長にあるとは思えない。処分場誘致に応募した田嶋裕起前町長は、ナイスアイデアとでも思ったのだろうか?核の処分場がどういうものか、本当に影響がわかっているとはとても思えない。

 原発ですら事故は起こるし、放射能が消えるのは100年単位に対して、処分場の保管設備の耐久年数はそんなにもたない。嫌になっても次の移転先なんか簡単には決まらない。フランスなどは、パリどころか本土からから遠く離れた南太平洋の植民地の離島に処分場を造っている。
 金をもらっても、放射能で汚れた土地になって誰が安心して住めるのだろうか?核のゴミ捨て場になっている故郷に誰が帰りたいと思うのだろうか?誰が大切に想えるというのだろう?

 地元住民でない上、日頃田舎には休暇以外帰らないと言ってるので、えらそうなことは言えないのはわかっているが、田舎に金をエサに迷惑施設を押し付けるのはよくあるパターンで、その結果は大抵、誘致先は後悔する結果になっている。
 しかも、高知県は25年前(1988年)にも、窪川町の原発誘致で10年にも及ぶ反対運動の末、計画中止になったことがある。すでに歴史として習った世代だが、窪川町は清流四万十川の上流の町で、そこに原発を造っていたら、今も「清流」の名が使えたどうかわからない。そういう県の歴史があるのに、核廃棄物最終処分施設誘致に応募した前町長(田嶋裕起)はアホでなければ、売○奴だと断言してもいい!
(参考:http://geki1015.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_2e1d.html

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 核の処分場以外に、日常的には土壌汚染の問題がある。
例えば、「ブラウンフィールド問題」。
ブラウンフィールド・・・土壌汚染の存在や懸念から、本来その土地が有する潜在的な価値より著しく低い用途あるい、未利用となった土地。

 平成19年4月19日に公表された環境省の報告書「土壌汚染をめぐるブラウンフィールド問題の実態等について(中間とりまとめ)」によれば、いくつかの仮定の下に、以下の規模を推定している。
ブラウンフィールド
土壌汚染対策費が多額となるため土地売却が困難と考えられる土地が全国で約2.8万ha(東京都区部の約半分)、対策費に約4.2億円必要となるとしている。

 通常の土壌汚染問題でさえ、土地の価値を著しく低下させるのに、自ら核のゴミ捨て場に立候補なんて狂気の沙汰だと思った。でも、計画中止になったので、東洋町は過疎だけれども、白浜の美しい砂浜を有するサーフィンのメッカ(世界大会も開催された)として、今後も存在するだろう(行ったのは3回ぐらいしかないけど)。あやうく、東洋町の海で泳げなくなるとこだった。
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2007年05月11日

よさこい祭り、踊り子募集の張り紙

よさこい祭りの踊り子募集の張り紙。(数年前の)
yosakoi12.JPG
どうみてもコスプレw
美容室系のチームは衣装とかかなり凝ってるんだよね。参加費かかるけど。
本場のは夏季休暇とずれてていけないから、東京に来てからは「原宿表参道スーパーよさこい」で我慢。本場のほうが市内全域でカーニバル状態で楽しい。
踊りはしないが、写真撮りに行ってた。しかし、隠れキャラの広末は撮影できないままだったのが心残り。
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2007年03月29日

センバツ・室戸高校

 高校野球2007センバツで、室戸高校が2回戦勝ってベスト8入り。
 信じられない・・(喜&涙)。
 別に室戸は地元じゃないが、予選に当たる四国大会で3位で通常はセンバツに出れないところを、高知高校がが去年秋の神宮大会で優勝したために、大会優勝校が所属する地区にセンバツ「明治神宮大会枠」が与えられることから、四国3校目として出場した経緯があるからだ。
 (ちなみに出場枠は北海道1、東北2、関東5、東京1、東海2、北信越2、近畿6、中国3、四国3(通常2)、九州・沖縄4、21世紀枠2、希望枠1)

 神宮枠は、わけのわからない基準で選定される21世紀枠だか希望枠だかとは違って、地区のレベルの高さに応じて割り振られる。その枠を取ってきた高知高校が、あっさり岡山あたりの中途半端なとこに負けたことを考えると、室戸が勝ち残っているのは気分がいい。
 高知が1回戦負けたとニュースで見た時は、何やっとんじゃ!どの面下げて帰るんだ!?と思った。

 室戸市は過疎で、台風とお遍路さんしか来ないところだが、室戸高校の活躍は久々に明るいニュースだろう。
 田舎の新聞が読みたいなあ、おそらく特集記事を組んでいるであろうから。


<追伸>
 室戸の1回戦の相手の報徳学園の監督は、毎日新聞主催の試合前の監督対談を体調不良を理由に拒否!後日の握手している写真撮影も拒否!!噂では試合後の選手同士の握手も拒否したそうだ。
 すげえなw優勝候補が初出場の田舎の高校相手に。神宮大会優勝の高知ならわからんでもないが、意味がわからないw中継見たかった。当然、某掲示板荒れましたw

続きを読む→関係試合結果
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2006年11月16日

功名が辻 山内と土佐その1(ver.1)

   『功名が辻 山内と土佐その1』ver.1

 大河ドラマ『功名が辻』は、多くの高知県出身者がそうであるように俺も山内が嫌いなので、一切見てなかったが先々週の関ヶ原以後から見始めた。

 無論、山内の土佐入り=土佐進駐をちゃんと描くかどうかに興味があるからだ。ちなみに『秀吉』(1996年)では、朝鮮出兵や晩年のひどい状態はろくに描かれなかった。

 大河ドラマのほとんどの場合、主人公を美化しまくったり、歴史の歪曲は視聴率狙いもあって当然なので、文句はない。ただ、山内の子孫をして「そんないいことしたっけなあ」と言わせるほどの美化っぷりしてるのが今年の大河。

 簡単に山内の土佐入り背景を説明すると、当初長宗我部は関ヶ原では東軍に参加しょうとするも、家康に連絡がつかず仕方なく西軍に参加した。
 そのため、あまり戦意もなく裏切りも戦闘もせず敗走。結果、西軍についたということで土佐没収。当主の長宗我部盛親は京都で監視付き謹慎。
 ちなみに関が原の前年1599年に長宗我部元親は病死。長男が戦死していてるので、お家騒動の後、4男盛親が当主となった。当主となって1年ほどで関が原となる。
 徳川本隊にわずか1500の兵力で敵中突破し、戦後も最高レベルの外交を駆使した島津とは大違い。

 その違いは、島津は戦国時代トップクラスの武将・島津義弘と関ヶ原直前に長宗我部元親(1599年没)が没して、二十歳若造の長宗我部盛親の違いがもろにでている。
 ちなみに盛親は4男。長男信親は豊後戸次川が島津との戦いで戦死(ただ、悪いのは、仙石久秀(ヤングマガジン連載の『センゴク』、こいつについてはまた別の機会に。マンガとちがって実在の仙石久秀はタチの悪いバカ。)、さらにお家騒動『七人みさき』で他の兄弟が死んで、盛親が家督相続。これも土佐没収につながる一因となる。
 俺は、同じく中央大勢力と戦った島津は好きだし、逆に自分らで勝てないから大勢力に援軍を求めてた奴らは一段下に見ている。

 一方山内は、有名な嫁はんの手柄で東軍に参加し、お城献上など戦闘以外の空気を読んだ手柄で土佐一国をもらう。山内の子孫は「情報戦に強かった!」などと言っていた(笑)。
 
 しかし、土佐人は四国を制覇し、信長・秀吉とも一戦やってからでないと降伏しないほどなので(注:信長は直前で本能寺の変が起こった)、当然戦ってもない掛川5万石程度の小大名の山内がなんぼもんじゃない!と土佐入国の際に抵抗する。
 具体的には、土佐7郡のうち2郡でも長宗我部の領地に残せという意見だった。
 通常、石高が増えて入国する際には地元で浪人した侍を雇うものだが、抵抗が予想される上に、数も長宗我部残党(地侍)のほうが多い。
 で、ビビッた山内は大阪で大量に浪人を召抱えて、土佐進駐を開始。

 長宗我部遺臣は元居城・浦戸城(桂浜の近く)で、残党が立て篭もり抵抗。城の引き渡しを拒み、50日にわたって籠城し、ついに城を枕に273人が討ち死にした。

 ちなみになぜ、土佐全土でもっと大人数で反乱が起こせなかったかというと、上にあるように当主の盛親が京都で軟禁=人質となっており、動けば殿の首が飛ぶということで動くに動けなかった。

 一方、島津義弘は関ヶ原から薩摩に帰ったのち、病気と称して家康の呼び出しにも応じず、防備を固めつつ、巧みに外交を展開し、関ヶ原西軍参加大名で唯一減封すらされなかった。

 それまで律儀だが小心者だがでやってきた山内一豊は、土佐入国後は反乱を鎮められないと領地没収されてしまうので(例:佐々成政の肥後没収)、人が変わったように虐殺につぐ虐殺を実行する。司馬遼太郎もひどさを指摘するほど。だまし討ちなどを散々行い、そのやり口は幕末の土佐勤皇党や龍馬など脱藩志士弾圧まで続く。
 さらには江戸時代にわたって、山内侍を上士、長宗我部侍を郷士とする差別までつくってしまう。
この辺は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』とかを参照のこと。
 
 山内一豊は土佐入国後、数年で死去。嫁はん(千代)は一豊の死後、京都へ移住。そりゃそうだろう、縁もゆかりもない土地やもん。

 長宗我部遺臣は、関ヶ原不完全燃焼、山内の土佐支配が進む中、主君をかついで戦う機会を待ちつづけ、ついに大阪冬・夏の陣で主君盛親をかついで最後の戦場へ向かうことになる。

 つづく


続きを読む→
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2006年11月05日

くどいほどに龍馬

 以前、『高知龍馬空港』の記事や大河ドラマ『新撰組!』であっても、高知ではポスターは「江口龍馬」になってしまうという記事を書いたが、あれは例外ではない。
観光資源として、龍馬をくどいほどに活用している高知では、至るところに龍馬が使われている。
 あまりのくどさに県民の中にアンチ龍馬まで生み出してるんじゃないかと器具してしまうほどだ。俺も嫌いではないが、ファンでもない。

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帯屋町アーケードの大丸脇の土佐人の墨画

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中岡慎太郎
この後、板垣退助、岩崎弥太郎、吉田茂と続く。

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高知市上街の消防署のシャッター(遊ぶな!)


観光で来るファンにはたまらないんだろうが、住んでると本当に龍馬お腹いっぱい・・。

〜〜〜
関連記事:【2010年大河】龍馬伝キャスト発表【福山雅治】
http://cost-off.seesaa.net/article/123522208.html
『大河ドラマの釣り&龍馬伝』
http://cost-off.seesaa.net/article/105831130.html
『江口龍馬(新撰組!より)』
http://cost-off.seesaa.net/article/24169325.html
『高知龍馬空港&土佐人』 県民性シリーズ その2
http://cost-off.seesaa.net/article/18778528.html
『悪意ある龍馬ポスター』
http://cost-off.seesaa.net/article/118670425.html

続きを読む→とりさんへ
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2006年09月22日

江口龍馬(新撰組!より)

  『江口龍馬(新撰組!より)』

 2004年度NHK大河ドラマ「新選組!」で、通常の宣伝用ポスターはセンターに香取、左に鴨、右に江口龍馬(江口洋介の坂本龍馬)の3人で写ってるものが有名だったと思う。それか新撰組隊士全員版の物。

 が、俺の地元ではなぜか
・写ってるのは江口龍馬一人!
・バックの風景が劇中に一切使われてない桂浜!
・これじゃ「江口竜馬がゆく」だよ(笑)

だったwこれが証拠写真。
DVC00060_M.jpg
N○K高知は、過疎地だからってここまで視聴率狙いのボケやっていいのか?

 当時は駅や県内のあらゆるところに、この江口龍馬メインの新撰組!のポスターが貼られていた。通常版のほうが少なかった。
観光用ポスターと併用なんだろうけど、正直噴いたwやりすぎやん。中味とちがうやん。

 当時、九州・熊本から引き上げて来た俺は「ここの県民はどうかしてるんじゃないか?」と思ったほどだった。まったく違和感なく、受け入れていたのは製作側の読み通りだった。
他の県で、佐藤浩市の鴨版ポスターなどがあったのならば情報お待ちしてますm(__)m


 ブログの友人で、数少ないリンクを貼ってくれてるとりさんが来週来高するということなので、地元ネタをアップ。
とりさん、土佐を楽しんでください☆

〜〜〜〜
参照:とりさんのブログ『空港探索』
http://blog.so-net.ne.jp/1901rjtt-to-roah/
〜〜〜
関連記事:【2010年大河】龍馬伝キャスト
http://cost-off.seesaa.net/article/123522208.html
『龍馬伝』主演は福山
http://cost-off.seesaa.net/article/109239321.html
龍馬役&『竜馬におまかせ!』
http://cost-off.seesaa.net/article/65577479.html
『大河ドラマの釣り&龍馬伝&お龍写真』
http://cost-off.seesaa.net/article/105831130.html
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2006年09月19日

地球33番地続報&タケコケタ

地球33番地「東経133度33分33秒、北緯33度33分33秒」について、以前書いたが(http://cost-off.seesaa.net/article/22110402.html)、この夏に帰省した時に以下を撮影。

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NTT西日本地球33番地支店

NTTさえ便乗ボケ。(無理からやんw)
ちなみにここは高知城近くの通りにある。
33番地に一番近いからだろうけど、距離はある。


  『タケコケタ』

これも地元ネタ。
10年?ほど前に高知競馬で武 幸四郎(兄は武 豊)が騎乗した時、出走直後のゲートが開いた時に落馬した!
翌日の地元紙には、落馬の瞬間の写真を載せてデカデカと「タケコケタ」と書かれて、さらに同じページに兄の武 豊が脱税(申告漏れ)の記事を載せてこっちには、「豊かな兄は脱税」と書いてた。

スポーツ新聞じゃねえぞ!高○新聞は!

高○新聞は、ローカルでネタの少なさを掘り下げた取材と歴史ネタ、そして笑いで埋めている。帰省した時に1週間で3か月分まとめて読んでしまった。ちなみに簡易速読もできます(人よりちょっと読むのが速いだけw)
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2006年09月16日

海と波〜興津海水浴場〜

   『海と波〜興津海水浴場〜』

 この夏に1週間ほど帰省して、田舎のさらに車で2時間近くかかる「興津海水浴場」へ行ってきた。
 田舎でしかも駅や幹線道路から離れていて、くねくねと海岸までかなり下って行くと、なんで?と思うぐらい相当な数の車が車道脇に縦列駐車しまくってた。
 キャンプ施設があるせいか、やたらとテントも張られている。室戸側の東洋町白浜は明石大橋開通で関西ナンバーがめったやたらに来るようになってたが、ここはさらに四万十方面で高知市内からでも1時間半はかかるというのに、関西ナンバーがズラリ。

 今、ネットで検索すると、
>「窪川町 窪川町興津青少年旅行村・興津海水浴場」

>「日本の水浴場88選」に選定されている、東西約2kmにわたって白砂青松が続く海岸線にある海水浴場。水質は良く、5〜600mもの遠浅の海と白くキメの細かな砂浜が広がる。トレーラハウスやバンガロー、テントの張れるキャンプ場があり、シャワー棟、炊飯施設なども充実している。ビーチバレー大会も開催される。 )
http://www.popsnow-net.com/cgi-bin/popsnow_net/beach/detail.cgi?title=area&pref_code=39&beachcode=207

とあった。来るのが初めての俺と友達は、ガラガラのビーチを予想してたのでがっくりしたが、引き返すのももったいないので泳ぐことに。

 水質はまあまあ、山の川と違って温かい水温、広い砂浜、そして何より平均2〜3mの波が俺を魅了した!
 高知の大抵の海水浴場には、防波堤があるのだがここは遠浅のためか、ない。よって太平洋からの波がもろに来る。それもドでかいのが!
なにせ、海水浴場で同時にサーフィンができるのだから。
さっきのテントは泊り込みで、サーファーが朝から晩まで延々波乗りしているからなのだ。

 人も多いが元が広いから、サーファーとの住みわけも可能で、ボードがなくても全然このでかさの波なら楽しめるのだ。波にあわせてジャンプしても、うかうかすると岸に向かって吹っ飛ばされてしまうのだ。すげえ威力!ジャンプやり過ごして、後ろを振り返ると波打ち際の子供らが軽く波に押し流されている。
波の出るプールの威力軽く2〜3倍!
海は、沖のブイまで行ってしまうとそんなにやることがなくなってしまうのだが(川は魚やバーベキューができる)、ここは波がめちゃめちゃ楽しい。

 俺はダイビングはやるが(今はペーパーダイバーだが)、サーフィンはやったことがなかったのだが、初めて「俺サーファーになろかな?」とサーファーの気持ちがわかった。ボードが欲しくてたまらなかった。さっきの車の列の中にもサーフィンショップの車が何台もあった。店ぐるみで来てたのか、でもこの波なら納得。

 ギラつく南国の夏の太陽の下、延々4時間ほど泳いでいただろうか、当然日焼けもしてきたので、引き上げることに。それでも最後のほうは「あと3回ビッグウェイブが来てから。これは小さいからノーカウント。」とか散々しつこく波に挑んでいた。

 昔、台風接近で波が高くなってた時に、物部川の河口でサーファーが波にさらわれて、目と鼻の先の高知空港から県の災害救助ヘリ「りょうま」が救助するという事件があった。
 サーファーは、毎年のように遭難救助事件を起こしたり貴金属をつけて雷直撃と馬鹿か?と思ってたが、今日なんとなくその気持ちがわかった。
 その台風時に出ていったサーファーは、「波が6m」で「6mの波!?ウヒョー!!行かいでか!」と危険よりも6m波の魅力が勝ってしまったのだろう(笑)。

 当然、救助後説教をくらったとニュースで行ってたが、おそらくサーファーがいる限り救助ヘリ「りょうま」の出動はなくなりはしないだろう。(笑)。

続きを読む→高知県のラーメンミニ情報
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2006年08月07日

甲子園初日結果

2006/08/06(日)
日曜は休みで大抵朝寝坊するんだが、今日は暑さと夏の甲子園開幕試合(高知商業(高知)− 白樺学園(北北海道))見るために10時過ぎに起きた。

無事、10-7で高知商業が勝利☆
WBCの準決勝と決勝以来だろうか、野球中継を全部観るなんて。全部日曜祝日の日程。

内容は大阪桐蔭(大阪) 11 - 6 横浜(神奈川)の優勝候補同士のハイレベル試合と比べると、やはりちょっと見劣りするも見事な逆転勝利で大満足。

大満足というか、中継見ながら旅行記書いてたので、1回から全部観てたから一気に書き上げてしまった。逆転勝利に喜び、筆が走る走る。高知商業が負けてたら今日アップはできなかったと思う。

夏の甲子園が入場行進入れて4時間で終了なんてことになったら、市商(高知商業の地元での呼ばれ方)の選手はもはや高知市内を歩けまい。
だから明徳が出れば良かった、と叩かれるところだっただろうから、最低一つ勝ってこそ帰れるというもの。

初日から、北海道、東京、神奈川(春のセンバツ優勝校)、大阪も登場し、無事俺に関係してる東京・大阪・高知が勝ってよかった。

大阪桐蔭ー横浜戦の時に、床屋に行った。
ここには大阪出身の野球好き理容師店員(西武ドームの近所に家を借りてるほど)がいるからだ。
別の店員が俺の髪を切ることになったが、ちょうど切ってる時に大阪が逆転、切り終わる頃に大阪桐蔭リードで試合終了。

レジにて、
俺 「大阪勝ちましたね。」
店員「ありがとうございます☆」
俺 「いやいや、高知は先に勝ってるんで(笑)。」
(これが言いたかったw)


店員「あ、第一試合で10-7ですよね。」
俺 「ええ。でも大阪は、横浜に勝ったから優勝するんじゃないすか?」
店員「いや〜。」

そんな会話が楽しかった。市商GJ!

で、記事カテゴリーに野球だけでなくスポーツ関連コラムとして、コラムから抜粋して新カテゴリーを作成。
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2006年08月05日

甲子園初日とサッカー

6日(日曜)の夏の甲子園、初日第一試合

1回戦 高知商(高知) - 白樺学園(北北海道)

北海道か、でも北海道ってどこまでだよ?
タケミツさんや議長(地元ホームの友達、発音は「ぎちょー」)のとことはちがうのか。ひろいよなあ、北海道。あの人口で2校出れるのか。

でも初日に北海道・東京(早稲田実)・大阪(大阪桐蔭)・神奈川(横浜)・高知と一通りそろうとはおもしろい。

なにしろ、高知は冬のサッカーがからきし弱いから、野球に全力投球なのだ。
しかも甲子園も夏のイベント・娯楽の一つなので、地元代表が一回戦で負けようもんなら総スカンなのだ。
最低ノルマ1勝が暗黙のうちにあるのだ。ちなみに馬渕指揮の明徳は8回連続一回戦突破してる。(注:馬渕氏はすでに野球界から身を引いてる。)


一方、サッカーは最弱と言っていいほどで、1回戦突破したほうがまれだ。
俺も中継を見たのは自分の高校が出た時の1回だけ。毎回、よく寒い正月になぜ試合をやるのか不思議だった。
ひどいのは、「23対2」って新聞(スポーツ新聞でなく、地元一般紙に!)に書かれてた。

ひでえな、と思ってよく読むとシュート数だった。
その試合、高知代表は1トップ残してほとんど全員守備wカウンター一択!の戦法だった。
自陣には常に20人近くでワーワーやってて、FWもDFもポジションも何もあったもんじゃなく乱戦。
一方ガラガラの敵陣には、ポツーン1トップが一人と敵のキーパーと時々若干のDF・・。
あれは、サッカーといえるのだろうか?

一度サッカーで、明徳が一回戦で市船?だが優勝候補を破ったことがあったが、マイアミの奇跡みたいなもんで、当然二回戦で負けた。
あれは、相手の油断と神様のジョークだったと思ってる。
まあ、明徳も県外出身者でドーピングしてたしな。
大体、高知でサッカーの才能があるヤツは野球の逆で県外にサッカー留学する。
施設もスタンド付き野球場は5個以上あり、プロ野球が3チームキャンプ張った時期もある。一方サッカー場は、スタンド付きは1つぐらいで、Jリーグは時期をずらしてキャンプに来てた。

ちなみに、粘りがないせいか駅伝も弱いw

ついでに予告。次回旅行記は沖縄編です。
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2006年07月25日

藤川球児(高知商業)、全寮制の明徳義塾

   『藤川球児』

今しか言うチャンスはないだろう。

藤川球児

言わずとしれた、阪神タイガースの剛速球投手。
そこは今年のオールスターを見ればわかるように、もはや説明不要。

Wikiにある通り、広末涼子とは、高知市立城北中学校時代の同級生。
Wiki「藤川球児」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%B7%9D%E7%90%83%E5%85%90

それもどうでもいい、名前だ。

今年のオールスターでカブレラ・小笠原・清原らを三振に切ってとった瞬間、球児と名づけた父親は25年前にした賭けに勝ったのだ!!
ボケがマジで勝った瞬間だった!

「球児」と変換一発で出るw(元からだけど)


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キヨもかつては高校「球児」



藤川球児は高知商業で、明徳義塾を破って甲子園出場。二回戦敗退。

ついでに___________________

   『明徳○塾』 

明徳○塾は野球留学での県外人がほとんで、軍隊なみの全寮制が布かれていて伝説が多い。
 ・野球部員一年生は、2段ベッドが15組組まれた30人部屋

 ・スポーツクラスは、授業中は寝ててもOK。

  留学生に朝青龍明徳、三都主アレサンドロ、他。
  (注:朝青龍の名前は、若松親方の四股名「朝潮」と明徳○塾の近くにある四国88ヶ所36番札所の「青龍寺」を合せたもの。名前は明徳○塾の「明徳(あきのり)」。2chでは、本名のドルゴルスレン・ダグワドルジの「ドルジ」と表記される。)

 ・地元の友達が中学から野球推薦(特待生)で入ったが、全寮制なので彼女に合いたくて、タクシーをこっそり呼んで横浪半島の山ん中から命からがら脱走。
  実家だと追手が来るので友達宅に潜伏。(偶然そこに俺が居合わせた。)
  脱走後に学校に戻ると反省村で正座。年に2〜3人は脱走者が出る。
  親が来ても面会時間に制限がある。里心防止なのか、本当に軍隊か監獄のようだ。

  明徳に行った友達は、小学校時代には全国大会に出た腕で推薦入学した。が、その後肩を壊してたという事情があって、潜伏してた時は本当に怯えてた。
  のほほんと田舎の中学生してた俺は、ベトコンのようになってた友達の顔が忘れられない。

それ以来俺は、市内でまともに授業受けて、放課後の普通の高校生部活では明徳に勝てないだろうと思ってたが、球児は勝った。市内の公立高で。

 ・地元の対戦相手の応援団からは、県外人が多いので「外人部隊」などと野次が飛ぶ。

 ・甲子園出場で大阪に行くと「実家に帰れる」選手もいるのだが、大阪代表の高校生から「大阪の落ちこぼれめ!」と罵倒されることもあるそうだ。
(注:大阪は人口や野球のレベルの高さを考えても、1枠しかないので日本一の激戦区。
   和歌山など他県に選手が野球留学で流出することが問題とされている。ダルビッシュも大阪府羽曳野市出身だが、甲子園へは東北高校から出場している。)

 ・しかし、明徳○塾は、私立で土地の安い山の中なので設備がすばらしく、専用グラウンドにナイター練習設備がある。

 ・そして彼ら野球部員は、野球を通しての人間形成が目標だからかどうかしらないが、グラウンドのことを「道場」と呼ぶ。

 ・有名な勝負師・馬渕監督は愛媛県出身。社会科教諭。元監督。
  甲子園で負けた帰りのバスでは、反省のため負けた試合のビデオを見せるらしい。
  明徳が甲子園で優勝した時は、校歌斉唱の時に監督も泣いていた。
  俺は、この監督嫌いでない。

【過去記事】全寮制の明徳義塾のその後につづく(2016/7/16.up)
http://costblog2.blog24.fc2.com/blog-entry-928.html




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2006年06月14日

高知龍馬空港&土佐人(ver.1.2)

  『高知龍馬空港&土佐人』 県民性シリーズ その2

高知県南国市にある、第二種空港。愛称は高知龍馬空港(こうちりょうまくうこう)。日本で初めて人名を冠した空港である。

2003年11月15日(龍馬の誕生日) 「高知龍馬空港」に愛称化

そう、問題はここである。
人名を冠したという点と、なぜ龍馬であるか。

当時(2003年)高知県内では、この高知空港の愛称化について大論争が起こった。

知事など賛成派意見
・署名も7万人を超えております
・龍馬は、やはり多くの国民にとってちょっと特別な存在、今、一番会いたい人アンケートで、1番は小泉総理大臣、 2番は坂本龍馬、3番が織田信長になっていて知名度は申し分ない。

・世界には、シャルル・ドゴール空港だとか、ジョン・F・ケネディ空港だとか、個人の名前をつけた空港というのは、いっぱいある。
日本ではまだ個人の名前を付けた空港というのはありません。そういう意味でも、インパクトというか、アピール効果がある。

反対派の意見
・龍馬を好きでもないのに押し付けるな。なんでもかんでも龍馬かよ。
・人気があるなら、鹿児島なら西郷空港でいいのか?そういうやり方は、恥ずかしくないのか?
・予算はどうするんだ、税金の無駄。知事のパフォーマンス。


問題の内容よりそれ以上に、ここの県民性は酒以上に議論が好きで、
議論を肴に酒を呑む人々といってもいい県民性だ。

(県外に出てから、高知県民というより土佐人という言い方が好きになった。
 高知県民という日本の端っこのワンパーツというニュアンスの言い方より、歴史を感じる土佐人のほうが誇りに思う。
 この感覚は、薩摩隼人、長州男児という言い方と同じだ。)

 年間日照時間が全国トップクラスで、年間降水量もトップクラスという、晴れか大雨という気候が、曇りのどっちつかずが少なく、白黒をはっきりつけたがる気候風土がもろに影響している。

koutikennzei.jpg
高知県勢指標(2000年5月高知県発表)
JJJさん 高知の面白いページ 
http://www.kcb-net.ne.jp/jjjsss/


さらに日本語は論文を書く時や英訳する時に、言語特性としての曖昧さがあり、わかりづらいと指摘されるが、その日本語の中で土佐弁という極めてそういう点で他の方言と比べても優秀であると、司馬遼太郎がほめていたw

 土佐弁は、イントネーションは上方方言(関西弁など)と同じで、『竜馬がゆく』の作者の司馬遼太郎さんは大阪出身のせいか、読んでてこっちが惚れ惚れするほど見事に書かれている。
 もう俺は県外に出て長いので段々使いづらくなっている。

ちなみに、司馬遼太郎氏はたった2人しかいない「名誉高知県人」。1996年2月12日死去。享年72歳。


 話を高知空港に戻す。
完全なる私見であるが、これは堅物といわれる橋本知事の最初で最後のウケ狙いのボケなのではないかと解釈している

橋本知事=橋本大二郎は、東京都出身の元NHKキャスターで実兄が元首相の橋本龍太郎。
高知に縁もゆかりないパラシュート候補で、酒呑みの多い南国高知にあって堅物のイメージがある。

その堅物知事は、2001年1月8日、高知市が開催した成人式での挨拶の際、騒ぐ新成人を「静かにしろ!」「帰れ!」と一喝した
この模様はTVで放送され、成人式崩壊の中で世間の喝采をあびた。なお翌年以降の成人式は全て欠席している。

また飲酒運転をした県庁職員はクビ!(懲戒免職)を提言し、しかもそのたった一ヵ月後に飲酒運転で捕まり、実際に懲戒免職を食らった中堅職員もいた。知事カンカンw。」
無論、この時も知事の人事権乱用だ!との論争が勃発した。
(関連記事:『酒の話』http://cost-off.seesaa.net/article/114700604.html

俺も高3の時に、受験前だがなんだかで体育館で知事の講演を聞いた。
内容は、
「私も実は浪人してます。高3の頃は、バンド活動などをしてあまり勉強してなくて、それで行きたい大学だけ受験して、当然落ちてしまいまして。2年目からはちゃんと勉強して、他も受けました。だから皆さんも目標をもって頑張ってください。」
てな内容で、へー、浪人してたんだ。
って思ってたら、教室に帰って担任のスクールウォーズ山下(あだ名)が、
「みんな、知事が現役の時に受けた大学は東大だ。だから落ちても恥ずかしくないんだ。みんなは真似すんな!いいか、真に受けるんじゃないぞ!」
と、即否定してたのを覚えている。

この担任のスクールウォーズ山下は、高校時代に様々な伝説を作っているが、それはまた別の機会に語る。


まあ、知事の話は置いておいて、問題は高知龍馬空港だが、
堅物知事の一世一代のボケなら、失敗だろうと成功だろうとそれでいいじゃないか。だってボケなんだもんwと思う。

任期が終わり、他の業績は忘れられても、
「あのネタみたいな空港名誰がつけたの?」
「いやあ、昔県外出身の橋本大二郎っていう堅物知事がいてさ。そりゃ県民は、そのセンスを疑って反対論争も起こしてさ・・・。」
って、話題になって酒の肴になればいいじゃないか。

実際、県内でも普段話題がない人とも話がしやすいオールマイティな話題だった。
合併問題などと違って利害関係が発生しにくく、賛成反対どっちについてもあとくされない話題だった。

だから経済効果とかアピール効果とか、そんなもんは小さいことだ。
もし、これで失敗して日本の人名空港が一つだけになっても、唯一の人名空港だし、2番目ができても二番煎じ、うちのパクリかよって言えるし、いいじゃないか。

例えば、お笑いでウケを狙って外しても、それは小さいことだ。
大事なのは、舞台に上がって挑戦すること、挑むことだ。

今は過疎でジリ貧の県だけど、戦国時代にも四国を制覇し、幕末も多くの犠牲払いながらも挑み続けてきた。
そんな歴史を持つ以上、初の人名空港=龍馬空港というお笑いに知事がチャレンジしたことを、結果よりも日本で最初で先がけてやったということを評価したい。

だって、俺は高知空港に着陸前の機内アナウンスで機長が
「まもなく、高知龍馬空港、気温は・・、天候は・・。」
って、真面目に言ってるの聞くと、プッ、やりやがったな大二郎wっていつも笑っちゃうもんw


何を根拠にボケかって?
kaiken-kuukou.jpg
この知事の発表時の顔、ちょっとニヤけて笑いをこらえてるでしょ?
ヤツは、狙ってたんだよー!!!(MMRキバヤシ風にw)



<追伸>
この愛称というパターンは、高知ではもう一回あった。

第3セクター土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線(これも愛称?正式には阿佐線)の後免駅の次の駅「後免町駅」は、まぎらわしいということで、「ごめん」の次は「ありがとう」ということで、愛称が「ありがとう駅」と決まった

tenohira302.jpg
ありがとう駅(後免町駅)にある愛称のプレート
やなせたかしは、アンパンマンの作者で高知出身。ごめんなはり線の駅キャラクターのデザインを担当。(確かノーギャラで引き受けたような・・。)

〜〜〜〜
参照:ありがとう駅(後免町駅)
http://www5.ocn.ne.jp/~shiokaze/tenohirawo3001.htm
関連記事:『ごめん駅(後免駅)』
http://cost-off.seesaa.net/article/109034163.html
『ケンミンSHOW高知編』
http://cost-off.seesaa.net/article/125641390.html
『くどいほどに龍馬』
http://cost-off.seesaa.net/article/26810222.html
『ジョン万次郎』
http://cost-off.seesaa.net/article/120717341.html
歴史&高知カテゴリー
http://cost-off.seesaa.net/category/2869212-1.html

続きを読む→とりさんに捧ぐ・参考資料
posted by コスト at 05:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史&高知(龍馬伝など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

とでん

「とでん(toden)」と聞くとまず、都電を連想するだろう。

が、日本の約1億2700万の人口の中で、80万人の高知県民だけは、(鉄道オタクを除く)
「とでん=土佐電鉄」を第一に連想する、確実に。

荒川線まで言ってくれれば、まあ都電かな、と思うぐらい。
俺もその一人だったが、ようやく慣れた。
よって、当ブログでは、トデン=都電とでん=土電、と表記する。

35351_1132750719.jpg
ごめん行きチンチン電車(下ネタにあらず)
昔の桃鉄CMバージョン見つからなかった・・。

dennsya2.jpg
オリジナル自販機とLRT車両

ちなみに、しでん=市電の場合は、四電=四国電鉄とはいかず(四国電鉄はない)、四電→よんでん=四国電力となり、ネタにならない。

続きを読む→とでん関係画像
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