2007年08月22日

先輩の退社、熊本を出る時(ver.1.1)

   『先輩の退社』

2007夏旅行話を書く前に、休み明けに先輩が3週間後に退社することになったので、昨日、俺が入社時以来二人で飯を食べに行った。
 独学で法律関係の資格を取って、事務所を開くそうだが、当初、「田舎にも帰るわけでも、よそに就職するわけでもない」と聞いた時、意味がわからなかったが、納得。
 
 先輩は俺が東京で会った人のなかで、もっとも仕事的にも人格的にも優秀な人だ。仕事も1から教わったし(手取り足取りではないが、聞いたら教えてくれた)、入社時の俺は仕事ができなかった分、二人分やってくれてた。1年経って、昔の自分の記事のひどさに気づく有り様だった。俺ならとっくに怒鳴ってるかもしれないところを、絶対に怒らずこっちがわかるように言ってくれた。たぶん、この先輩じゃなかったら今の仕事続けてなかったと思う。

 それが2年ほどかけて、頑張って資格試験に受かって退社になった。
めでたいことだし、頑張った成果が報われたことを聞いて俺もまた頑張ろうと思う。S川が仕事しながら法科大学院に受かった時も嬉しかった。
 ただ、先輩の場合は話が急で、聞いた当日はさすがに動揺した。が、働きながらでもやればできるとわかった以上、俺も負けずにやると決めた。先輩がいればあと1年ぐらいは安穏と今の仕事を続けただろうが、ピッチが早まった。


   『熊本を出る日』

 先輩は去る、俺はまだ先が決まるまでは残る。ふと、熊本で出ることを決めて、友達や行き着けの散髪屋や食堂に挨拶に行った時のことを思い出した。

 熊本は日本一人情が良く、よそ者にも極めて親切なとこだ。加藤清正や夏目漱石、谷干城(西南戦争で熊本城に篭城して守りきった司令官)はよそから来たのに、像が建っている。夏目漱石も著書の中で、熊本人の親切さには驚いたとの記述がある。
 さらに有名人どころか、西南戦争で熊本県下を戦場にした薩軍兵士の死者の墓まで作って、130年も経つのに現代も薩軍墓地として地元の人によって掃き清められて守られいる。政治的には未だに殿様が知事やったりと遅れている面があったが、熊本の人は優しすぎる。

 俺も受験で初めてきた時、電車に乗って五千円札しかないと運転手言ったら、即何人もの乗客が両替しようと財布を出していたことから始まってずっとその親切を受けてきた。

 だから、熊本を出るのにあたって挨拶をしに行った。親友のS川は仕事の研修先で缶詰だったが、岡元さん(仮名)や行き着けの知り合いに話したときも、
「熊本におりなっせ、就職してここに住まんね。」
と、言ってくれた。熊本は好きだが、就職するには東京に行くか実家に帰って公務員試験でも受けなければならず、熊本は好きだが出るしかないと答えた。それに、その台詞で引き止めることができる人にはフラれてしまっていたから。
 そんなわけで、体調が悪くても住みごごちのよかった熊本を出た。あの時は俺が出たが、今回は俺が残る、残るほうもなんとも嫌なものだと思う。寂しがり屋だからだろうか。

 ともかく、俺も仕事しながらやることをやると決めた。先輩はここを見ることはないが、頑張ってほしい。俺も次のステージに行ったら挨拶に行こうと思います。



posted by コスト at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム・人物編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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