2007年04月07日

辛子れんこん

  『辛子れんこん』

 九州以外で、熊本名物の辛子れんこんを食べたことがある人がどれだけいるんだろうか?

 俺は辛子れんこんと初めて遭遇したのは、熊本に受験で行った帰りの熊本駅の駅ビルの料理屋だった。名物でも食べて帰ろうとして、定食と一品料理の辛子れんこんを注文した。300円ぐらいだったと思う。

k-renkon.jpg
こんな感じで、5〜6切れ出てきた。

口に入れて驚いた!肥後弁で言うと「ダゴ驚いたばい」となるんだろうか。
 その手抜きなしの激烈な辛さたるや、不覚にもツーンと来て涙が出てしまった。
 これが辛くても「ダゴうみゃーばい」なら、俺は記事にしなかっただろうが、
こ、これ、本当にこういう味なのか?
こんだけ大量の辛子が、いつもタレとして使う辛子と同じ辛さとは!それを蓮根の穴という穴にぎっしり詰め込んでやがる。
く、狂ってる辛さだ。
まさか、俺が九州者じゃないからわざと辛いのを出して反応見てやがるのか?
ダメだ・・、全然食えねぇ、辛すぎる。
しかし、もったいないし、残すにしても1〜2切れは食べとかないとカッコつかねえ。
それに春からここで暮らすかもしれないのに、こんなとこでつまずいてたまるか!


 そこで冷や汗をかきながら、必死に考えた末に箸で中に詰まってる辛子を皿にほじくり出していき、なるべくただのれんこんにして食べようとした。当然、時間がかかった。カウンターの向こうから食べ方をいぶかしがる視線が来るが、根気よく辛子を取り除いた。
 それで、1〜2枚辛子抜きれんこんにして食べた。金を払ってこんなに苦労して、辛子摘出手術をしてまで食ったが、やはり辛かった。

 こんな辛い物を明治まで殿様(藩主細川家)御用達の門外不出の料理として大事にして、今も名物にしてるのかここは・・。
こんな料理が次々出てる土地で大学生活送るのか・・、と一瞬ダークな気分になったが、やられっぱなしで終わる俺じゃない。

 友人が熊本に来る度に、
「名物おごってやるから残すなよ。」
と、言って、交通センター横の岩田屋(現、阪神デパート)だったかどこかのデパ地下で1本丸ごとで100円(安っ!)で売ってる店で買って食べさせては、友人の泣きが入るのを楽しんでいた。
結果、未だ完食できた者なし!一口で5割の人間が止まる。
F.Pのハラも中条(仮)とその一行もギブアップ!
高知県民でクリアした者なし=全滅の状況である。

 ちなみにこのデパ地下では、辛子れんこんをまるでコロッケのようにジャンジャン揚げていた。絶対売り切れないだろうっていう量が積み上げられていた。どれでも100円なので好きな大きさを選べた。

 俺もその後、数回チャレンジした。買う時に、
「あまり辛くないのを下さい。」
と、売り場の人に無理な注文をつけたりして買ったが無理だった。どこで買っても辛かった・・。

 地元の岡元(仮)さんやピカチューに、
「あれ食べれる?辛さおかしくない?」
と聞いたが、あまり食べないが食べれないことないとの返事だった。マジかよ・・。
生まれ育った食文化って影響でかいなw

 以前、愛知の食文化『スガキヤ(愛知県)』(http://cost-off.seesaa.net/article/36602973.html#comment)で、食文化云々を言ったのはこういう経緯があったのだ。



参考:Wiki「辛子蓮根」

辛子蓮根(からしれんこん)は、熊本県の郷土料理である。

<発祥と由来>
熊本藩主細川忠利は生来病弱だったが、ある時前任地である豊前国耶馬溪羅漢寺の禅僧・玄宅が忠利を見舞った時に、蓮根を食べるよう勧めた。そこで藩の賄方であった玄五郎が、加藤清正が熊本城の外堀に非常食として栽培していた蓮根の穴に和辛子粉を混ぜた麦味噌を詰め、麦粉・空豆粉・卵の黄身の衣をつけて菜種油で揚げたものを忠利に献上したところ、忠利は喜んで食べたという。

蓮根は増血剤として優れている上に辛子には食欲増進作用があること、また蓮根を輪切りにした断面が細川家の家紋(九曜紋)と似ていたことから門外不出の料理とされていたが、明治維新からは一般にも製法が伝わった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%9B%E5%AD%90%E8%93%AE%E6%A0%B9


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