2006年11月16日

功名が辻 山内と土佐その1(ver.1)

   『功名が辻 山内と土佐その1』ver.1

 大河ドラマ『功名が辻』は、多くの高知県出身者がそうであるように俺も山内が嫌いなので、一切見てなかったが先々週の関ヶ原以後から見始めた。

 無論、山内の土佐入り=土佐進駐をちゃんと描くかどうかに興味があるからだ。ちなみに『秀吉』(1996年)では、朝鮮出兵や晩年のひどい状態はろくに描かれなかった。

 大河ドラマのほとんどの場合、主人公を美化しまくったり、歴史の歪曲は視聴率狙いもあって当然なので、文句はない。ただ、山内の子孫をして「そんないいことしたっけなあ」と言わせるほどの美化っぷりしてるのが今年の大河。

 簡単に山内の土佐入り背景を説明すると、当初長宗我部は関ヶ原では東軍に参加しょうとするも、家康に連絡がつかず仕方なく西軍に参加した。
 そのため、あまり戦意もなく裏切りも戦闘もせず敗走。結果、西軍についたということで土佐没収。当主の長宗我部盛親は京都で監視付き謹慎。
 ちなみに関が原の前年1599年に長宗我部元親は病死。長男が戦死していてるので、お家騒動の後、4男盛親が当主となった。当主となって1年ほどで関が原となる。
 徳川本隊にわずか1500の兵力で敵中突破し、戦後も最高レベルの外交を駆使した島津とは大違い。

 その違いは、島津は戦国時代トップクラスの武将・島津義弘と関ヶ原直前に長宗我部元親(1599年没)が没して、二十歳若造の長宗我部盛親の違いがもろにでている。
 ちなみに盛親は4男。長男信親は豊後戸次川が島津との戦いで戦死(ただ、悪いのは、仙石久秀(ヤングマガジン連載の『センゴク』、こいつについてはまた別の機会に。マンガとちがって実在の仙石久秀はタチの悪いバカ。)、さらにお家騒動『七人みさき』で他の兄弟が死んで、盛親が家督相続。これも土佐没収につながる一因となる。
 俺は、同じく中央大勢力と戦った島津は好きだし、逆に自分らで勝てないから大勢力に援軍を求めてた奴らは一段下に見ている。

 一方山内は、有名な嫁はんの手柄で東軍に参加し、お城献上など戦闘以外の空気を読んだ手柄で土佐一国をもらう。山内の子孫は「情報戦に強かった!」などと言っていた(笑)。
 
 しかし、土佐人は四国を制覇し、信長・秀吉とも一戦やってからでないと降伏しないほどなので(注:信長は直前で本能寺の変が起こった)、当然戦ってもない掛川5万石程度の小大名の山内がなんぼもんじゃない!と土佐入国の際に抵抗する。
 具体的には、土佐7郡のうち2郡でも長宗我部の領地に残せという意見だった。
 通常、石高が増えて入国する際には地元で浪人した侍を雇うものだが、抵抗が予想される上に、数も長宗我部残党(地侍)のほうが多い。
 で、ビビッた山内は大阪で大量に浪人を召抱えて、土佐進駐を開始。

 長宗我部遺臣は元居城・浦戸城(桂浜の近く)で、残党が立て篭もり抵抗。城の引き渡しを拒み、50日にわたって籠城し、ついに城を枕に273人が討ち死にした。

 ちなみになぜ、土佐全土でもっと大人数で反乱が起こせなかったかというと、上にあるように当主の盛親が京都で軟禁=人質となっており、動けば殿の首が飛ぶということで動くに動けなかった。

 一方、島津義弘は関ヶ原から薩摩に帰ったのち、病気と称して家康の呼び出しにも応じず、防備を固めつつ、巧みに外交を展開し、関ヶ原西軍参加大名で唯一減封すらされなかった。

 それまで律儀だが小心者だがでやってきた山内一豊は、土佐入国後は反乱を鎮められないと領地没収されてしまうので(例:佐々成政の肥後没収)、人が変わったように虐殺につぐ虐殺を実行する。司馬遼太郎もひどさを指摘するほど。だまし討ちなどを散々行い、そのやり口は幕末の土佐勤皇党や龍馬など脱藩志士弾圧まで続く。
 さらには江戸時代にわたって、山内侍を上士、長宗我部侍を郷士とする差別までつくってしまう。
この辺は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』とかを参照のこと。
 
 山内一豊は土佐入国後、数年で死去。嫁はん(千代)は一豊の死後、京都へ移住。そりゃそうだろう、縁もゆかりもない土地やもん。

 長宗我部遺臣は、関ヶ原不完全燃焼、山内の土佐支配が進む中、主君をかついで戦う機会を待ちつづけ、ついに大阪冬・夏の陣で主君盛親をかついで最後の戦場へ向かうことになる。

 つづく




______________________________________________
司馬遼の本はほとんど読んでいるが、『功名が辻』は読む気がしない。
大体歴史上の一豊は、大河ドラマみたいにカッコよくないだろ?
強くもないだろう、秀吉配下にいて6万石程度ってのは実力どおりで、関ヶ原→土佐一国は、統治失敗→没収リスク付きの棚ぼただろう。
 ゲーム「信長の野望」でも武力50程度が妥当な評価だと思う。
ちなみに昔ゲームで一豊を捕らえたら、即首を刎ねてたw子供だったw

〜〜〜〜
関連記事:歴史&高知カテゴリー
http://cost-off.seesaa.net/category/2869212-1.html
【目次】歴史&高知カテゴリー【龍馬関連記事】
http://cost-off.seesaa.net/article/136899351.html


posted by コスト at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史&高知(龍馬伝など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。