2006年08月06日

沖縄・中城城跡(画像差し替え中)

   『沖縄・中城城跡』

 2006年8月3日、この夏東京でも久々に暑いと感じる日だった。
仕事の調べ物で会社近くの図書館へ向かう。
暑い・・。見知らぬ道を暑い中、ぼーっとしながら歩いていると以前沖縄の道を同じように歩いてたのを思い出した。


<宜野湾・普天間宮>

 2000年9月、沖縄でダイビングして帰る最終日。
ダイビングで潜った当日は、安全規則で飛行機に乗れないので最終日は陸で観光。
 那覇・泊港近くのホテルを朝出て、バスで北上。
バスの運転手は女性だった。南のほうは女性がよく働くなあ。
車内でラジオ放送が流れてるが、標準語の後に地元お年寄り向けなのかウチナーグチ(沖縄方言)でも同じ内容をしゃべってる。二ヶ国語放送みたいだ。無論、俺はウチナーグチはさっぱりわからない、呪文かラップのように聞こえる。

 バスから外の景色を見ると、国道沿いに両側にフェンスが張られている。キャンプなんとかとかいう米軍基地や、その中の米軍住宅か。立派だな。
沖縄本島はかなり占められてるのは知ってたが、那覇市内を離れるとよけいに思う。基地の中を国道が走ってる感じだ。

 宜野湾市に到着。普天間宮への道を商店で聞いていると、爆音が聞こえた。
 バリバリバリバリッ キーー−ン
普天間基地の軍事ヘリ騒音だ。道を教えてくれた店の人が顔をしかめる。
この音はシャレではすまされない程だ。たぶん俺は生活できない。
沖縄は3回目だが、毎回この基地問題には考えさせられる。

とにかく、普天間宮の鍾乳洞へ行って中へ入りお参りする。

????????23.jpg
普天間宮・奥に祭壇が見える


<中城村・中城城跡>

 次は、中城(なかぐすく)村へ移動。
ここには、俺が行った後の2000年12月に世界遺産へ登録された中城城跡(なかぐすくじょうあと)がある。
俺が行った時まだ登録前だったが、昔から写真を見て気になってたところだ。
行きは、バスが近くまで着いたので昼には着けた。
沖縄の城=ぐすくは、砦の機能というより宗教的な聖域だというのは知ってたが、ここはまさしくそうだ。
なんだろう、少し涼しいのもあるけどここはなにやら心地がいい。
土塁石積と木々の陰が美しく、ここが日本だとか沖縄だとかそういう考えが失せていくほど引き付けられる空間が続く。

俗な言い方すると、何年後かに映画化された「ロード・オブ・ザ・リング」でも出てきそうな空間なんだ。
何枚か写真をとりながら、歩く。

<画像入れ替え中です、もうちょっとお待ちください>

静寂の中を導かれるかのような感じで進む。

<画像は差し替え中です、もうしばらくお待ちください>

ぱーっと青い天がひらける。

2 中城城跡3加工.jpg
たたずむ俺(セルフタイマー撮影)


高い場所から海も見える。それも極碧色の海だ。
東京・お台場のたるんだ海とは違う。
しかも昨日までその深度25mの世界に潜ってた海だ。
(細かくいうと慶良間は反対側だけど。)
水平線と波、そしてなでるような風が吹く。宝石の島と言われるのもわかる。

<画像は差し替え中です、もうちょっとお待ちください>

ゆっくりゆっくり、おしむように見ていく。
フィルムをもっと持ってくればよかった。選ぶ必要のない景色なのだ。

二つの目の門をくぐると、そこに祈りを捧げてるおばあさんがいた。
どきっとした。
この空間に、9月平日の昼間にいるのは俺ぐらいと勝手に思い込んでいたので、音もたてずに線香をあげて祈ってる姿を見て、ああ、俺は沖縄に来てたんだ。
ここは中城城跡で聖域、お参りや祈りに来る人もいるんだ、と納得。

15.jpg

かつてここでは、どんな事が行われていたのだろうか。何があったのだろうか。
この場所はここでしかない場所で、今も聖域として機能している。
観光で訪れた俺までも、本当に祈りを捧げたくさせてしまう。
空が広く青く、高い日。


途中、敷地の向こうに赤茶けた廃墟のような柱だけの建物が見えたりもした。
(後日、日本の廃墟シリーズという本でつぶれたホテルと紹介されていた。)

1時間半近くいただろうか、とにかく居心地がいいのだ。
離れがたいが、今日はもう本土に戻らればならない。
かならずもう一度ここに来よう。
慶良間も何回でも潜ろう。
白化現象を起こし始めてる珊瑚が、いつまで今の状態のままなのかわからないけど、それでも沖縄は俺の中で特別な場所として刻まれた。


 この後、那覇市の保存観光用の沖縄農家「中村家」も見てまわったが印象に残ったのは屋根の上のシーサーのみ。写真もそれしか撮ってない。

 それだけ中城城跡が俺の中の印象深く、今まで沖縄=慶良間の海だけのイメージであったが本島や離島を全部ゆっくり回ってみようと思い始めた。

 
<中城村> 
 
 中城城跡を出て、来る時降りたバス停に行く。
が、バス停の時刻表には、一日2〜3便しかなかった。待っても夕方までない。
今は世界遺産に登録されて変わってるかもしれないが、郡部だし生活路線から離れてるから仕方がない。
沖縄ではバスがない=タクシーだが、俺はタクシーには正直いい印象がない。はっきり行って嫌いだ。金ももったいないし。
 どうにか人を捕まえて次のバス停を聞くと、1,5kmほど行くと幹線道路で便数の多いバス停があるというので向かうことに。
 聖域を離れ、再び炎天下を歩く。

 途中案の定、流しのタクシーが堕落の誘惑をかけるかのように、スピードを落として近づき俺が手を上げないとわかると去っていくとのこ何台か繰り返した。
 こうなったら意地だ。誰が乗るか。たかだか1,5kmぐらい歩ききってやる。
なめんな、イエローキャブめ! 


 暑い・・。やはり暑い。しかも荷物を結構な量背負ってる・・。
大きな山がなく、なだらかな道を歩く。
ふと妙な声がスピーカーから聞こえる。
「・・私が当選したあかつきには・・。」
どうやら村議会選挙らしい。ほかにBGMもないので、聞いていると、
「図書館にクーラーを設置します!今、子供達は汗だくになりながら本を読んでるんですよ!」

・・今俺も汗だくですが、沖縄でクーラーがないのはまずいなあ。
扇風機はあるんだろうけど、図書館にはクーラーつけてやれよ。

どうにか、幹線道路のバス停に到着。
ぼっーとした状態で那覇バスターミナル行きに乗り込む。
正直、もうぐったりしてた。那覇までクーラーの効いた車内でうつらうつらしながら移動。


<那覇バスターミナル>

 那覇バスターミナル。珍しい岩を祭ってある。
那覇バスターミナル.jpg

 ここで那覇空港行きに乗り換えれば沖縄旅行は終了なのだが、バスが来ない・・。全然来ない・・。
20分、30分と定刻を越えても来ない。
さすがにイラつく。これが沖縄タイム、なにごともテーゲーってやつか。
バカヤロ、飛行機は沖縄タイムで飛んでんじゃないぞ!(怒)

高知でさえまだ時間は守るぞ。
歴史的にもアメリカ占領時代に戦前の鉄道は廃止されて、車社会に徹底されてるのは知ってるが、空港は車ならすぐ近くじゃないか、なぜ来ない?渋滞理由にさぼってんじゃねえか?

そして、またもやバス停で皆が並んでるところへイエローキャブが近づき、
「バスは渋滞あるからいつ来るかわからないよ。ハハンッ。」
ぬっころすぞ、コラ。
相手の顔色見て声かけろや、その暑苦しい縄文フェイスを弥生式に変えたろか。

などと声には出さなかったが、好戦的な目つきで追い払った。
モノレールさえできれば、こんな挑発なんざ無くなるのにな、まったく。
(注:2000年当時はまだモノレール(ゆいレール)は、まだできておらず、高架部分が工事していた段階だった。)


 新大阪でも同じように、伊丹空港行きバスの切符売り場でキャブ野郎が客引きしてるが、バスで間に合わないものを同じ道路走るキャブが間に合うはずがない。電車(阪急ーモノレール)で行こうとすると、あ〜間に合わないよ、と嫌味いいやがる。が、今まで間に合わなかったことはない。
キャブ関連事件はこれ以外にも記事が書けるほどある。


さらに10分待つが来ない。
飛行機の出発時刻は迫る。まずい・。
他の並んでる人はあきらめてタクシーに乗ったり、慣れっこなのかのんびりしてやがる。東京・大阪あたりなら駅員が罵倒されてるところだ。

 飛行機は格安チケットで変更はきかない。チケット代には代えられない。
いよいよ俺もイエローキャブの軍門に下るか・・。
大体いくらかかるんだよ、二千円で足りるか?

 そう思ってたら、同じくバス停で並んでいた女性が声をかけてきた。
「あのー空港行き待ってるんですよね。割り勘で一緒にタクシーで空港まで行きませんか?」
20代後半か30歳ぐらいだろうか、年上のきれいな女性だった。
「あ、じゃあ、お願いします。飛行機の時間迫ってるんで。」

二人してキャブに乗り込む。
車内で、
「学生さんですか?」
「はい、そうです。ダイビングのライセンス取りに来たんですよ。」
「私も学生の頃来たわ。どこからですか?」
「熊本です。慶良間にまた潜りたくて。」
きれいな標準語を話してるので、
「東京とか県外の人ですか?」
「東京です。ちょっと旅行で。」

そんな話をしながら、空港に着いた。
出発まで30分を切ってる。
半分の運賃を払おうとしたら、
「いいですよ。学生なんでしょ。」
「いや、でも・・。」
「どうせ暑い中待つの嫌で、タクシー乗ったんで。一人だともったいなかったから誘ったんで、いいです。
 もう飛行機の時間も近いんでしょ?」
「・・すいません。ありがとうございます。」
お礼を行って、受付カウンターへ向かう。
最後でまたいい思い出ができた。

 飛行機は宝石の島を離陸。
 来た時と同じエメラルドグリーンの海が下に広がる。
軍施設や米兵など様々な問題があるものの、沖縄は本当に素晴らしい。
海も本島の国頭も、離島もまだ残っている。機内でも興奮さめやらず、友達数人に絵葉書を書いた。
次来る日を楽しみに本土へ戻った。

 
 ただなぜ、これほど評価してる沖縄をワンダーランド止まりでミラクルワールドとしないのか。それはただ一点、食事が口合わなかったから(笑)
だって、ホテルの食事が外米だったり、船で食べる和食の弁当がほとんど揚げ物ばっかりだったから。なぜシャケの切り身まで揚げているのか理解に苦しんだ。
飯の話とダイビング編は、また別の機会に。



_____________________________
最新の沖縄旅行記事↓
『2007夏・沖縄旅行リンクまとめ』
http://cost-off.seesaa.net/article/59862708.html
『2007夏・沖縄旅行の記事リンクまとめ2』
http://cost-off.seesaa.net/article/79923213.html

参考資料:普天間宮と基地の地図
普天間宮1.gif

参考資料:沖縄情報IMA
http://www.okinawainfo.net/futenmagu-2005.htm

九州・沖縄の写真はあらかた実家に置いてしまってるので、帰省して東京に持ってきて差し代える予定です。


posted by コスト at 13:01| Comment(3) | TrackBack(2) | 沖縄旅行・ダイビング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
五枚目の写真がいい感じですね…と、写真だけ褒める俺ワロスw
Posted by タツ at 2006年08月06日 21:50
城の写真、強烈な日差しを感じさせてすごく良いです。
旅行先で親切にしてくれた東京の年上のきれいなおねいさん・・・学生さんにはまぶしく感じたことでしょうね〜。
沖縄産の米も不味いですよ。東京に出てきたとき、白米の美味しさに感動しました。
やたらと揚げ物にすること確かに多いですね。
・・・傷まないように?
Posted by とり at 2006年08月07日 06:00
>>タツさん
どこが優良読者なんですかw
カウントされないケータイでしか見ないわ、写真しかほめないわで、中読んでないんじゃないすか?自分の出たとこだけ熟読派かw

>>とりさん
沖縄は8月は避けて、9,10月にいってるんですが、日差しは強いです。夏がまだ残ってる感じで好きです。
やっぱ揚げ物自体多いんですね。揚げてるのは、そうだと思います。たぶん食あたり対策もかねてるんでしょうけど、僕は揚げ物は衣はいで食べるほうなんで苦しみました。
米は作ってるのもあるんですか、でもまずいですか〜。また食事の話は各地と交えて記事にしあmすよ。
Posted by コスト at 2006年08月07日 20:41
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Tracked: 2006-08-06 21:02

沖縄!シーサー陶芸体験工房 琉球窯 海人シーサー
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