いつも始発駅なのでほとんど座っているが、今日は新宿過ぎても空いていた。
12/24−26日はハードスケジュールだったが、25日は19時に退社したが半分ぐらいの人は残って残業していた。クリスマスだぜ?と思ったのは俺だけなのか・・。日本はキリスト教国家ではないと安心する。
といいつつ、この前通勤中に平川 祐弘訳のダンテの『神曲』を読んでて、古典でこれほどの名訳はないというぐらいの出来という名作だと思った。
『神曲』は、ダンテが古代ローマの詩人ウェルギリウスに導かれ、地獄・煉獄・天国と彼岸の国を遍歴して回るという、いわば地獄巡りの内容。
キリスト教やギリシャ神話などの素養がない日本人が、本文だけ読んでも意味や真意がよくわからないのだが、平川 祐弘の注釈が実にわかりやすく素晴らしい。
意味不明な本文を読んだ後に、1/4ほどもある注釈を読むのが実に面白い。注釈のために本文を読んでいた感があるほど、注釈がいいw
『神曲』自体の内容も、キリスト教唯我独尊の世界観ながらもその構成や緻密で計算された世界観は1304年から1321年頃に書かれたものとは思えないほど。
古典最高レベルと言われるだけはある。
キリスト教唯我独尊の世界観については、
・地獄の最下層近くでマホメットは真っ二つに切断されている
・ユダは最下層でサタンに噛み砕かれている
(『神曲』では下層にいくほど罪が重いとされる)
などがあり、イスラム社会では禁書扱いw(本は出ているが、マホメットの部分は削除されている)
さらにダンテは政治家として政治争いに敗れ、故郷のフィレンツェを追放されているが、その政敵も当然地獄に落とされて苦しんでいる描写がある。
などなど、個人的な感情などの影響が随所に見られるものの、その文章表現、構成力、想像力、全てにおいて古典の最高レベルと言われるのは妥当な評価だと思う。
普段は古典などは読まないのだが、平川 祐弘の訳は本当に神レベルであり、直訳的な意味不明な訳どころか違和感すら一切なく読みやすかった。古典で薦める一冊。
ちなみにダンテの付けた原題は「Commedia (喜劇)」。「喜劇」としたのは、「悲劇」とは逆に円満な結末を迎えるため、また、女子供でも読める俗語で書かれているためだという。
『神曲』の邦訳名は、森鴎外がアンデルセンの翻訳『即興詩人』の中で用いた。その一章「神曲、吾友なる貴公子」において『神曲』の魅力が語られ、上田敏や正宗白鳥ら文人を魅了し、翻訳紹介の試みが始まった。この鴎外訳『即興詩人』が最初期の『神曲』紹介であり、日本における『神曲』受容はここから始まったとも言える。日本におけるほぼすべての邦訳の題名が、より原題に近い『神聖喜劇』ではなく『神曲』の訳題で統一されているのは、鴎外による『神曲』の訳名が人口に膾炙したためであろう。
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参照:Wiki「神曲」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%9B%B2
本・映画・ドラマ等レビューカテゴリー
http://cost-off.seesaa.net/category/3186948-1.html
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