2008年10月16日

『生まれたときから「妖怪」だった』

 水木しげる著『生まれたときから「妖怪」だった』(講談社)。読書10月前期15冊中のベスト3に入った一冊。

 言わずと知れた「ゲゲゲの鬼太郎」の作者で、妖怪研究家の水木しげるの自伝的エッセイ
水木しげるの驚くべきマイペースが生み出す世間とのずれ、戦争体験、戦後の食うための苦闘、そして人生論と図書館の漫画コーナーに置かれてたわりにはすばらしい内容の一冊。読みやすいしかなりオススメ。

 あまりにも面白く内容も良かったので一部を引用して紹介。

序文:フツーの人間から見れば変人であり、私を「妖怪」という範疇に幽閉しょうとしているのだ。だが、考えてみれば、彼らこそニンゲンのルールという鉄格子のなかに押し込められている存在なんです。その鉄格子越しから見れば、確かに私は「ニンゲン以外の妖怪」になる。

・朝寝坊してゆっくり朝食をとり、たいてい2時間目くらいの時間から登校するという変わった生徒だった。
 私にとって、遅刻することよりも朝食をしっかり食べることのほうが大切だったのだ。

 その後、学校でもマイペースで小学校以外は中退、入試では試験科目の少ない農業学校などを受けるが、面接で志望動機を聞かれて正直に「将来画家になりたい」などと答えて落ちたり、仕事でも失敗を繰り返す。

・戦争で徴兵され、鳥取の連隊でラッパ兵に配属されるが不器用でうまく吹けず罰ばかり食らうので、「ラッパ兵を辞めさせてほしい」と人事係の曹長に具申すると、1,2回は「まあそういわずに」と言われたが、3回目に「よし、わかった。北と南どっちが好きか?」と聞かれ、南と答えると最前線の南方(ラバウル)に送られた。

・いくらのん気な自分でも南方は死地で死にに行くとわかった。
それでも、門限で「ラッパが鳴った時、きさまの足は兵営の門の内側にあったか外側にあったか」と聞かれ、「ハッ片足は入っておりました」と、半分こわがりながらも、半分笑ってもらおうと叫んだ。
 間髪いれず、目から火が出るようなビンタが飛んだ。
イジメの笑いはあっても、ジョークの笑いは通じないのが日本の軍隊である。

 ビンタを食らう姿は情けないし、実際、痛いのだが、打たれる瞬間に前身の力をぬけば、痛みは多少逃げていくという計算をしている。もっと言えば、理不尽にビンタをすることでしか、死ぬ恐怖からのがれる方法を知らない上官に対して、
(私はコイツらが死んでも、ぜったい生き残ってやるぞ)という気持ちを抱いていたのだ。

・私は兵隊が南方の戦地に送られたことでなかば死を覚悟し、そして死んでも、それを「美しい散りぎわ」とは思わなかった。むしろ、悪あがきに見えても、生き残ろうと努力する人間のほうが素晴らしいと思っていた。

 もちろんそんなことはオクビにも出さない。軍隊生活の中では要領の悪い二等兵のままでいた。事実、そうだった。
 ただ、一回だけ私の心の奥にあった「生きる執念」を開帳したことがあった。
 ベテラン老中隊長に頼まれて内地の家族に送る似顔絵を描いている時、
「中隊長殿、ハガキで知らせなくても、内地に帰れば、ご家族はあきれるほど中隊長殿のお顔を見られるではありませんか」
「こんなところに来て、生きて帰れるものか」
「中隊長殿、お言葉ですが、やはり『生きて帰る』という強い意志がないと内地に帰れないのではないでしょうか」
「生意気なことを言うな・・・・・・」
と、中隊長は私に言ったが、表情は柔和だった。
 それからまもなく精勤賞を私がもらった。あとで上官に聞いたところ、中隊長に向かって「生きて帰るという強い意志がないと内地に帰れない」と言った私の言葉を中隊長がことのほか気に入り、どうしても私に精勤賞をやれということになったらしい。

 のち老中隊長は、年の若い大隊長の「全員、玉砕せよ」という命令にさからってゲリラ活動という名の退却をした。そのときすでにマラリアに罹患していた中隊長はタンカで運ばれながら指揮をしていた。
 あるとき「ここで止まれ」という命令。そして「おれをここに置いて、きさまらは先に行け」と言った。だれもが中隊長の自決の意思を悟って「おやめください」と進言したが、中隊長は受け入れなかった。手榴弾で自爆した。
 中隊のなかの八十余名が内地に帰った。
 全員玉砕の命令を受けたほかの中隊で、大隊長に従って玉砕したのはわずか三十〜四十名だった。
 生きることに執念をもたねば、なんのために生まれてきたのだ、という思いが、私の心のなかにいまでもある。
 それを「生の肯定」などと表現する人もいるが、そんなコムズカシイことはどうでもええのです。うまいものを腹一杯食い、好きなことをやり、若いきれいなオネーチャンと毎日アレをやりたい。その気持ちが、それが「生きる」ということだ。

〜〜〜
 とくにこの戦争の下りには、穏やかな文章の中にすさまじいまでの気迫が感じられる。
 この戦争の下りはWiki「水木しげる」では、
<軍隊時代>
 やがて太平洋戦争が始まる。「召集されれば死だ」と考えた茂は、「人生の意味」を求めるため、哲学書や宗教書などを濫読する。その中で、一番気に入ったのが、ヨハン・エッカーマン『ゲーテとの対話』であった。ゲーテにはその後も心酔し続けており、「自分の生き方の基本はゲーテ」と語っている。

召集令状を受け取った茂は、鳥取歩兵第四〇連隊に入営した。

1943年10月、その後の人生に大きく影響したニューブリテン島ラバウルへ岐阜連隊・歩兵第二二九連隊の補充要員として出征する(当時21歳)。
 このニューブリテン島での戦争体験がその後の水木作品に影響を与えた。
 装備も作戦も優れた連合軍の前に、所属する臨時歩兵第二二九連隊(水木の作中ではズンゲン支隊と呼ばれる。支隊長は成瀬懿民少佐))が玉砕するが、水木が所属していた中隊の中隊長(第二中隊長・児玉清三中尉)の機転で遊撃戦(ゲリラ戦)に転じ、そのおかげで生命を拾うこととなる。
 (後年、水木は「この中隊長の決意で60名以上の兵隊が救われた」と書いている。アミバー赤痢とマラリアにかかっていた児玉中尉は、担架かつぐ兵隊の負担になることを考え、その後自決した。)

 その後、水木はマラリアを発症し、死線をさまよう。さらに療養中に敵機の爆撃を受けて左腕に重傷を負い、軍医によって麻酔のない状態で左腕切断手術を受けた。だがマラリアも負傷も快復して終戦を迎え、九死に一生を得て駆逐艦・雪風で日本本土へ復員できた。

片腕を失ったことに対して水木は以下のように語っている。

「私は片腕がなくても他人の3倍は仕事をしてきた。もし両腕があったら、他人の6倍は働けただろう」
「左腕を失ったことを悲しいと思ったことはありますか」という問いには「思ったことはない。命を失うより片腕をなくしても生きている方が価値がある」と答えた。


 他にもこの本にはねずみ男のモデルや、有名なラバウルでの現地住民との関わりなど内容が盛りだくさんでほんとに面白かった。

水木しげるの写真は『水木しげる指名手配?』
http://cost-off.seesaa.net/article/126562855.html
にあります。

〜〜〜
参考:Wiki「水木しげる」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B
ボクの一生はゲゲゲの楽園だ3 水木しげる著

関連記事:Mさん話「映画談義3・ゲゲゲの鬼太郎」
http://cost-off.seesaa.net/article/123288136.html
『ツイッター再利用日記(2010/07/05ごろ)』
http://cost-off.seesaa.net/article/155518387.html
『はだしのゲンの作者』
http://cost-off.seesaa.net/article/107313754.html
『知覧特攻平和会館(語り部編)』
http://cost-off.seesaa.net/article/103531105.html
『なでしこ隊』
http://cost-off.seesaa.net/article/106812060.html
『昭和二十年八月六日午前八時十五分』
http://cost-off.seesaa.net/article/124999074.html


posted by コスト at 00:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・映画・ドラマ等レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「片腕をなくしても生きている方が価値がある」
コストさんの以前の記事で拝見しましたが、
今回の記事で、その言葉の意味をより深く理解できました。
Posted by とり at 2008年10月16日 19:09
 この本は、全体的には楽観的な水木しげるの人生観で書かれているんですが、戦争のところだけはまったくカラーが違うんですよ。
 「片足は入っておりました」が後の「生きて帰る」にものすごくフリが効いてるんですよ。

 他にも今でも食い物のうまいまずいは言わないそうで、それも戦地で食えなかった体験や戦死した同僚のことを思っててというのもあって、ひょうきんな表紙と全然違う中身だったんで紹介しました。

 ラッパ兵辞めたいです→北か南かで最前線送りは、僕も即「南」と答えてしまうのでこんな意味があるとはガクブルでしたw

 あと、以前の記事で水木しげるの話を書いてたそうですが、すいません、完全に忘れてしまっています^^;
書いて頭から出すとすっきりするんで、昔の記事を見ても書いたのを忘れてることがけっこうありますw
Posted by コスト at 2008年10月16日 20:41
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